かつてはバイトが社会勉強だった牧歌的な時代がうらやましい

アルバイトってすさんでたイメージってありませんか。チャップリンの時代では工場で歯車として働く工員のチャップリンが、機械に合わせて時間に追われ、パニックになっていく映画がありましたが、今でも機械は発達して、それに合わせてさらに人間が機敏に動かないといけなくなります。例えば、アマゾンに代表されるように、注文したら明日には届くようになって、消費者には便利になりましたけれど、仕事をしてる人にとっては大変です。かつてデリバリーのピザは30分で届かなかったら返金というような事をして即クレームが来たりしていました。そのような過度なサービスは仕事をしている労働者、アルバイトにはさらにきつい仕事が存在するのです。正社員は責任を取らないといけませんが、正社員は責任を被らないようにアルバイトにはきつくルールを設けて、ミスらないように厳しく指導します。それが管理職とも言えますが、まるで人と人とも思わないルールが存在しているようで、大変な時代です。かつてはそうではなかったのでしょうか?

バイトが牧歌的に社会勉強できた時代

かつては、皆さんみたことないでしょうか。今から20近く前ですが、深夜のコンビニ店員は雑誌を立ち読みしたり、裏のバックヤードで寝てて、お客が来た時だけ対応する。今では考えられませんが、かつて深夜営業がめづらしかった時代は、お客さんも怒るどころか、遅くまで働いて大変だねと同情さえしてくれていたおおらかで、優しい、牧歌的な時代がありました。しかし、今ではそんなことしていたら大変です。深夜で働く人は当たり前、俺たちは昼働いているんだから、夜お前らは働いて当然のように思いますし、深夜のサービスが当たり前でした。そんな時代を経て、今では周り回って、深夜営業を廃止するという流れまで出てきています。何が言いたいかと言うと、バイトはまるで機械のように働くのが当然、馬車馬のように働くのが当然のような風潮はどうかということです。バイトも人間ですし、働きづめでは壊れてしまい、過労死などという事態も起こります。そこまでいかないまでも、最近は深夜のきついコンビニやファーストフードは日本人が働きたがらず、東南アジアを中心とした外国労働力に頼っています。アジアの人は怠け者何て旅行に行ったりすると、日本に帰ってきたら言う人もいますが、なんてことでしょう。こんな働きづらい社会にした事をもう一度考えるべきです。